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2022年5月26日
2021.11.26
べべ、エリー、ミヤち。ミツカくんにはそうやって、自分しか呼ばないあだ名がいくつかある。ルールーを黒薊という姓から取ってクロと呼ぶのもミツカくんだけだ。でもミツカくんは、林原さんのことは他の人と同じようにユイちゃんだし、私のことは単にリョウと呼び捨てるだけだ。くだけたあだ名じ...
2022年5月25日
2021.11.25
べべはさあ、とミツカくんが大きめの声を出した。ん、とうしろのほうにいたベラさんが応じる。ミツカくんとエリカがスピードを落として、私と林原さんに先頭を譲る。べべってスペニチバイリンガルで育てられたんやろ? スポニチ? スペニチ、スペ語と日本語。...
2022年5月24日
2021.11.24
なんかいつも偉そうでごめんね。 いや全然。ほんとありがたいよ。宇野原さんなんかは、書評はちゃんとしたものを書くから、読める人ではあるはずなのに、酔ってるからか照れなのか、私の作品について、なかなか良かったで、もしくは、ちょいおれ向きやなかったわ、のどちらかしか言わない。...
2022年5月23日
2021.11.23
フランス文学の影響の大きい作品──いちばんキツい書きかたによれば焼きなおしスレスレの作品だった。その反応は想定していたとはいえ、評のほとんどが、句点も改行もない、たまに字体も変わる、オーソドックスからは離れた文体の功罪、みたいなところに集中していて、内容の話をする評は少なか...
2022年5月22日
2021.11.22
でね、ここからがちょっと気になったとこなんだけど……。リョウくん、聞いてた? あっ、いや、できたところより足りなかったところを意識するほうが次良いものを書けるんだよ。 それはそれとして聞けよ!と冗談めかして怒る林原さんの向こうを、佐世保ナンバーの軽自動車が走り抜ける。...
2022年5月21日
2021.11.21
林原さんは、基本的に良いところを褒めるかんじで評してくれてるけど、それはあくまでも、このあとぶつける本質的な批判のまえふりだ──とあまり真に受けて浮かれないように自分に言い聞かせながら相槌を打つ。ええ、はい、いまから社に戻りますので、すみません、と電話に向かって謝りながら、...
2022年5月20日
2021.11.20
私たち四人のうち林原さんだけが、誰かの作品が出ればミツカくんの店でその話を持ち出したり、しばらく会う機会がないときは長文のLINEを送ってくれる。先月の文芸誌に載った私の中篇も、発売されてすぐ、〈句点なしは思い切ったね! ひとすじなわじゃいかなさそう。熟読して、次会ったとき...
2022年5月19日
2021.11.19
二人のこと、わたしなりに心配してるんだからね。恋人のその言葉でリンの話は終わり、九人は、また二、三人ずつで縦になる。二人のこと、というのは、リンとエリカのことか、それともリンとシロタくんのことなのか。昔読んだ青春恋愛短篇漫画は、若い二人が向かいあい、好きだよ、という台詞で終...
2022年5月18日
2021.11.18
リンとエリカは、制作のほかに仕事はしていないはずだ。実家が太くなきゃやってらんねえっすよ、と繁森くんは言っていたが、二人はどうなのだろう。私がしばらく原稿の掲載や出版がなく、一ヶ月の振込が七万円、みたいなことがあっても動じないでいられるのは、多少は貯金があるからだけではなく...
2022年5月17日
2021.11.17
就業規則で同業他社への転職活動は禁じられていたというが、それって法的にアリなのか。とにかくシロタくんは今年の夏から、流通大手で働いている。デスクワークがいやでさわがに商事を出たはずなのに、いま担当してるのはトラックや積み荷のロジを組む仕事らしく、それでもシロタくんは、パズル...
2022年5月16日
2021.11.16
辞めたあ? いちばんうしろで林原さんと話していた恋人が素っ頓狂な声を出す。林原さんも驚いた表情なのは、シロタくんのことでびっくりしたのか、恋人の大声に虚を突かれたのか。そんなことこないだ言ってなかったじゃん。 転職活動してるって言わなかったっけ。...
2022年5月15日
2021.11.15
ミツカくんもわたし、江ノ島以来だから。 ああ、そういうこと。まあおれも飲食やから。気にする人ももうそないおらんけどね、いちゃもんつける隙狙っとるやつもおんねやんか、虎視眈々。せやからいちおうお客もな、マスクしてきた人は入口ちかくの換気ええところで、しとらんやつは奥の席に案内...
2022年5月14日
2021.11.14
今日はずっと外におるしええやろ、って、思うただけなんやけど。 じゃあそこで、とベラさんが、これもどこの駅前にもありそうな、チェーンのドラッグストアを指さす。買ってこよっか。待ってて。 あ、いや、そうじゃないの、変なかんじになっちゃった、ごめん。なんか制作が行き詰まっててさ。...
2022年5月14日
プルースト 2022.4.9~2022.5.13
4月9日(土)晴。五時ごろに起床。モロッコ代表のハリルホジッチ監督が、また解任されそうになってるらしい。三年前、五百蔵容『砕かれたハリルホジッチ・プラン』と『サムライブルーの勝利と敗北』を立て続けに読み、一気にサッカー観戦の解像度が上がった。あれを読んで以来、いろんなそのて...
2022年5月14日
2021.11.13
また全員で集まれたことに、それなりに感慨はありつつ、私たちは、五年前とたいして変わらない会話をしながら、なんとなく歩き出している。バス停は北側に集まっているが、ターミナルはふたつ隣の駅にあるからか、ここから乗る人はそう多くない。駅を降りてくる人は、北側に広がる住宅街に帰って...
2022年5月12日
2021.11.12
これで全員集合だ。男三人はみんな手ぶらで、女性陣はそれぞれにバッグを持っている。ルールーは江ノ島のときの、ぜったいに男の家から来たよあれは、とリンが言ったやつではないように見えるが、ほとんど荷物が入らないくらい小さいことに違いはない。リンとエリカは豚の鼻みたいのがついた色違...
2022年5月11日
2021.11.11
みんなごめんね、区切りまで、って思ったら熱中しちゃって。私たちは全員、何かの作品づくりをしているか、そのパートナーや幼なじみで、書く人や描く人には、友人との約束より制作を優先してしまうことがある、と身にしみて知っている。いま筆が乗ってるからドタキャンとか、捗ってないから行く...
2022年5月10日
2021.11.10
改札から、また大勢が吐き出されてきた。二人は私の恋人を訪ねてよくこの駅で降りるからか、単に性格によるものか、いつも改札にいちばんちかい車輌に乗る。そういう車輌はだいたいどの時間も混んでいて、じわじわラッシュがはじまる今はなおさらだ。誰も並んでない乗車口を探してうろうろする私...
2022年5月9日
2021.11.9
戻ってきたときベラさんはにやにやしていた。 みやびさ、また灰皿置きっぱだった。 あらま。 でね、と堪えられないように喉の奥でクククと笑う。短い煙草しかないの! もー、しょうがないじゃん、すぐ入れたら匂いも入っちゃうし。恋人が不本意そうに唇を尖らせてみせる。私にはよく意味が取...
2022年5月9日
2021.11.8
そうやってみんなで、話題を禁煙から逸らしていく。 エリカとリンの下り列車の放送が流れた。周囲の人々の動きが、すこしだけ早まった。先に恋人が戻ってきて、ミツカくんあと一本だけってさ、と言う。 歩いとったら吸えへんもんな。 このあたりは、誰でもつかえる喫煙所はここにしかない。あ...
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